前田順一郎のプロフィール
1975年神奈川県川崎市に生まれる。3900gの大きな男の子でした。公立小学校、中学校に通う。将来の夢は落語家か天文学者。
1990年 筑波大学附属駒場高校に入学。バスケ部に所属。体育祭の応援団長や文化祭のステージの企画など。自治体の派遣団として西ドイツとポーランドに行き、アウシュヴィッツの悲劇に愕然とする。戦争を防ぐためには、まず経済を安定させることが最も大事なのではないかと考えるようになる。
1993年 高校卒業後、一年間の大学浪人。
1994年 東京大学文科二類に入学。バスケ同好会のキャプテンの傍ら、バックパッカーとして東南アジア、アフリカなど各国を旅する。
1996年 東京大学経済学部に進学し、マクロ経済学を学ぶ。指導教官は吉川洋教授(経済諮問会議委員等を歴任)、卒論では需要創出型イノベーションのアイデアを提案。小泉政権での経済政策の理論的支柱になる。
1998年 都市銀行に入行。下町の中小企業融資に奔走。中小企業の経営者の方々には本当に育てていただきました。しかし、上からの指示は金利引上げ、担保改善、貸し剥がしばかり。何のために銀行員になったのか、悩み始める。
2000年 銀行を退職。家庭教師のアルバイトをしながら公認会計士を目指し1日15時間の猛勉強を1年半続ける。
2002年 公認会計士2次試験に合格し、朝日監査法人(現あずさ監査法人)に入社。主に銀行監査を担当し、不良債権問題と格闘。問題解決に導く。
2007年 米国KPMG(大手会計事務所)のロサンゼルス事務所にトレーニーとして出向。リーマンショックを目の当たりにし、米国経済の大混乱にショックを受ける。
2009年 日本に帰国後は、大手銀行の合併に関わり合併を成功させる。大手銀行に国際会計基準を導入。
2013年 国土交通省航空局に任期付き専門官として任用。霞ヶ関で財政再建・行革のため空港民営化(コンセッション)に取り組む。関空伊丹や福岡空港の民営化の責任者として、プロジェクトを推進。また、コンセッションの税務処理、会計基準を整理。業務の傍ら、通信教育で英国マンチェスター大学修士号(MBA)を取得。
霞が関で日本の政治の生々しい実態も経験。みんなが真面目に支払っている税金はみんなのために使われていない。正直に生きる人が報われる社会にならないと、日本が衰退の一途たどる。日本の平和も脅かされる。自分が何とかしないといけない、と思うようになり、2016年3月から板橋区で公認会計士として独立し、同時に政治活動を始める。その後、衆議院選挙などに挑戦するもなかなか思いが有権者に届けられず、2021年10月の衆議院選挙をもって政治活動を中止することを決断。
現在、公認会計士・税理士・行政書士としてまた大学教員として、正直に生きる人が報われる社会を実現するために、実務家として仕事に一生懸命に取り組む毎日が続く。
<主な役職>
立教大学人工知能科学研究科客員教授
日本公認会計士協会主任研究員
日本公認会計士協会東京会板橋会副会長
東京税理士会・税務会計学会委員
板橋産業連合会板橋大山支部役員
立教大学イノベーションセンターセンター員
國學院大學大学院法学研究科非常勤講師
<主な執筆論文>
「超高齢化が進む日本、相続DXの実現が急務」(週刊金融財政事情、2023年)
「税務行政に押し寄せるDX化の波と金融実務への影響」(週刊金融財政事情、2023年)
「観光関連税制の現状と経済学的論点」(『PHPポリシーレビュー』、2019年、飯田泰之氏と共著)
「空港コンセッションの現状」(『経営財務』、 2015年、税務研究会)
「公共施設等運営権に関する法人税及 び会計上の諸問題について」(『会計・監査ジャーナル』、 2015年、日本公認会計士協会、共著)
〈執筆書籍〉
「ビヨンドフィンテック時代」(金融財政事情研究会、2022年6月)
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「会計が驚くほどわかる魔法の10フレーズ」(講談社+α新書シリーズ、講談社、2020年4月)
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〈対談〉
「現金をどんどん配れ!異端の経済理論・MMTがコロナ不況を救う…?」(2020年5月10日、現代ビジネスにて井上智洋氏と対談)